進化生物的視点から見る「種牡馬」キタサンブラック

・はじめに
キタサンブラックは「突然変異」だとよく言われる。私もそう思っている。G2を1勝のみのブラックタイドからは出るはずのなかった歴史的名馬。G1を勝ったのはキタサンブラックだけ。自分は生物学を学んだわけではないけど、生物の歴史上で「突然変異」が起きた個体は生存競争にとても強い場合があることを知っている。現役の成績だけでなく、その遺伝子も強いことが証明された今、生物学的な視点からキタサンブラックという存在を見てみたい。結論から言うと「突然変異」という言葉はあまり正しくないことが分かり、「変異」による有利な形質を獲得した結果なのではないかと思う。
詳しくないし勉強したわけでもない。しかも遺伝子を調べたわけではないので妄想の産物かもしれない。突っ込みどころは多数あると思うけど知識欲を刺激したいと考えているので、ひとつの「読み物」と思っていただければ。

・自然選択説
 まず、進化論はみんな大好き「ダーウィンが来た」でおなじみ、チャールズ・ダーウィンの「種の起源」までさかのぼる。そこでは「自然選択説」が唱えられていて、これは簡単に言うと、「生存競争の結果、生き残るのに有利な形質を獲得する場合がある。これを変異と呼び、その後の進化の方向性を決める」というもので、この変異という説明が私の中でキタサンブラックの評価を決定する理由となった。もしこの馬が日本競馬の中で生まれた「選択された変異」なのだとすれば、現役時代の強さそして産駒が「走る」原因も納得できる。
 進化とは、
1.生物は同じ種でも様々な特徴が発現する(変異)
2.その中でも生物が生きていくのに有利なもの、不利なものがある(選択)
3.有利な変異をもつものは種をつなぎやすい(競争)
4.その変異が子にも受け継がれる(遺伝)
5.変異を受け継いだ遺伝子が発現する(変異)
といった流れで繰り返される。その変異が発現し受け継がれていくことで種の方向性が選択されていく。有利な形質を発現したものが生き残り、不利な形質を発現されたものが淘汰される。この結果を「自然選択」と呼び、生物がどのように現在の姿・特徴を獲得したかということについて初めて論理的に解き明かしたものである。
 この理論は競馬にも応用できると考えていて、「強い馬」から強い馬が生まれない理由としては3番と4番にかかわりがあるのかなと思う。例えばその時代にその血統が強くても、その子供の時代には別の流れが来てしまっているとしたら、求められる能力が違うので対応できない。それはサンデーサイレンスの到来だったり、スピードよりの馬場への変化だったり…時代の変化によって強みが生きなくなってしまうパターン。そして例えばその強さが遺伝しないパターン。遺伝力の弱かったメジロ三代や、ブライアンズタイム一族、サイアーラインを残せなかったダービー馬…さらに言えばラムタラなど、競争成績からはまったく種牡馬成績が振るわない馬に関しては「強さの方向性が時代に合っていない」「その強さが遺伝しない」と仮定することができる。その場合には親譲りの強さを発揮することができない。G1馬からG1馬が出る理屈としては、強い馬の強い遺伝子が受け継がれ、そして何らかの形で開花する必要があるというわけだ。
 このようなサイクルを繰り返して、より環境に適応できている種のふるい分けを行っている。より日本の競馬に適した馬が残り、適さない馬は血統表から消えていく。日本独自の血統はイコール海外独自の競馬に適さない馬になっていく。人為選択も多分に含む進化であるが、ドゥラメンテのように期待通りの子供を出す馬もいれば、キタサンブラックのように評価を覆す馬もいる。現役時代に強い馬でも、種牡馬としては鳴かず飛ばずの馬もいる。そういった選択を繰り返して今の競馬が出来上がり、日本競馬がつくられていった。この選択こそがジャパニーズサラブレッドの進化である。なお、後天性遺伝といわれるような「獲得形質」は遺伝されないため、競馬のうまさや器用さなどの武器は遺伝しない。強いものが生き残るのではなく、生き残るために最も環境に適したものだけが生き残る。それが自然選択説である。馬の場合は「人間選択説」とでもいうだろうか。より速い種を人間が自然に変わって選別している。優秀な牝馬つまり優秀な子供が期待できる配合も人間が選択している。キタサンブラックもはじめから「だめだ」と決めつけて種付けしていなければイクイノックスもソールオリエンスもいなかったが、それでも少ないチャンスから自信の有用性を示して見せた。もし自然界で自由な交配が行われていればキタサンブラック一族は被捕食者として重要な能力である「速さ」の面からその血統は広がりを見せたはずである。

・中立進化説
 なんと日本人の木村資生氏が提唱した説。これも進化論の一つで、自然選択説を補強しつつ生物の進化や変異を説明する。
 変異には「体に表れる変異」と「体に表れない変異」があって、何かしらの形で発現する遺伝を「表現型」という。しかし遺伝子について解析してみると、その遺伝のほとんどは進化に影響のない非発現型の「中立な」遺伝子であるとのこと。この遺伝子にも同様に変異が起こるが、その変異は体に表れない変異のため、生存競争においては有利にも不利にも働かない。この遺伝子の変異を持つものが生き残るわけでも、淘汰されるわけでもないので受け継がれるかどうかは「運」と「偶然」によって決まる。運が良ければ遺伝が残り、運が悪ければ集団ごと消えてしまって遺伝が残らないかもしれない。自然選択とはまた別なところで、遺伝的な変異は淘汰と拡大を繰り返している。運良く残った個体からつながる遺伝子が全くの偶然から変異を次の世代に伝え、偶然に変異的な進化を促すというのがこの中立進化説。自然淘汰によって有利な変異を獲得した個体が生き残っていくだろうという説を唱えたのが「自然選択説」で、それに対して偶然生き残った個体が持っている変異が広がって遺伝子的な変化を促すというのが「中立進化説」になる。双方で「必然」と「偶然」が進化の理由になるという説で、現在ではこの2つの説が並列して進化を決定していると考えられている。馬は父親から自然選択的な必然を、母親から中立的な偶然を引き継いで能力を決定する…のかもしれない。

・突然変異説
 生物の劇的な突然変異が、種の進化を加速するという説。はじめはダーウィンの進化論、自然選択説を否定しかねない説で否定的に取られていたものの、現在では一連の進化理論をまとめた「進化総合説」に統合されている。
 突然変異とは遺伝物質の質的・量的変化により起こるもので、塩基配列に異常が出ることを遺伝子突然変異、染色体の数や構造に変化が起きるものを染色体突然変異がある。先天的な遺伝子突然変異がある場合、親からその遺伝が引き継がれるため、親にもその情報があることになる。それでは親からの変化を説明できないため、ここでは無視する。白毛から白毛が生まれるのはこの遺伝子が引き継がれるから。また、後天的な遺伝子突然変異は次代には受け継がれないため、これも種牡馬としての活躍にはつながらないのでここでは無視する。したがって遺伝子突然変異はキタサンブラックの説明には使えないものと考える。
 染色体突然変異は、馬で言えば白毛の誕生が一番わかりやすい例になる。染色体が欠けたり重複したり、本数が変化したりすると生物に変化が現れる。遺伝可能な細胞においてこの変異が発生した場合、遺伝が起こり成長して次代に遺伝可能な状況になった時にこの突然変異が遺伝される。この遺伝が進化のプロセスと考えられている。この突然変異は染色体が半減することや、そもそも遺伝可能な情報でなかったり、1個体のみで終わってしまうことも少なくない。一代のみの強者。なんとも格好いい響きである。なんらかのきっかけで染色体が切れ、遺伝子の「相同組み換え」で配列が変わって遺伝子が変わり、新しい配列の組み合わせが誕生する。この組み換えによってその種の中での遺伝子多様性が保たれる。この過程も変異の一つで、次代の変異につながっていく。

・競馬における進化とは
 当然のことながら、サイアーラインに残れるのは実績・血統・繁殖成績などで高い成果を上げた一部の超エリート馬であり、その馬にはなにかしら競走馬として他に比べて有利な遺伝子を持っていると考える(変異と選択、競争)。その子供たちには必ず優秀な遺伝子が受け継がれる(遺伝)。そしてそれが発現したり、しなかったりすることによってさまざまな遺伝子が生まれ・淘汰され・受け継がれていく。これを繰り返して現代の競走馬が形作られた。歴史上当代随一といわれるような馬にはこのような変異が起き、周囲の馬に対して有利な形質を獲得しているのだと思う。それがディープインパクトであり、Frankelであり、Flightlineといった時代を支配した馬なんじゃないかなという仮説。ここはおさらいになるが、これまでも時代を支配した馬は何頭もいた。しかしその変異が遺伝しない場合は強さが遺伝しない。一代限りの変異で終わってしまう。そうやって淘汰されてきた名馬をみなさんなら何頭も思い浮かべることができるのではないだろうか。私もメジロマックイーンが頭に浮かぶかなぁ。歴史に消えていった名馬たちはその強さにより種牡馬として期待されながらも、名馬たりえた強さを遺伝させることができずにいた。逆にテスコボーイやノーザンテーストのように現役時代はそこそこの成績でも、種牡馬として活躍している種もいる。こちらは時代のこともあって、競馬の進んでいる国では中の上くらいの能力でも日本に持ってくれば上の上の馬と言う感じで、その能力が遺伝した馬は周囲より優れた能力を持ちえたということかもしれない。海外で言えば大種牡馬StormCatはG1を勝ったとはいえ8戦4勝、クラシックにも乗れず。しかし初年度から活躍馬を輩出すると最高金額で約6000万円ほどの種付け料に。一大系統の祖となったMr.Prospectorも競走馬時代に重賞での勝利実績がない馬だった。しかしレースでは短距離でのレコード勝ちを持っているようにスピードは申し分なかった。それも期待されてか種牡馬入りするとFappiano,Miswaki,Afleet,Gone west.Seeking the gold,49er,Kingmamboなど血統表に名を残す多数の馬を輩出した。恵まれたスピード能力が遺伝した例とみていいと思う。遺伝子が優れているのであれば次代に受け継がれたときにその遺伝子が発現する個体が増え、スピードを発揮する。親の能力が成績につながっていなくても。
 人間は馬の世代を進めてどうしたいのか。より強い馬を作ること。具体的により強い馬とはどういうものか。レースの中で絶対的な指標となり得るのは走破時計、スピードだと考える。より速く走れる馬を作るために研究され、交配され、育成をされる。しかし遺伝子的には遺伝の変異が理由ではない後天的な獲得能力は遺伝しない。そのため進化という視点からは持って生まれた速く走れる遺伝子を速く走れる遺伝子とかけあわせてより速い遺伝子を多く持たせるか(累積)、より速い遺伝子を作るか(変異)ということが肝になってくると思う。変異は説明をしているので「累積選択説」について軽く触れておく。 例えば危険から逃れるために・生息域を広げるために陸上で移動をする魚に肺がなければ、すぐ死んでしまうだろう。しかし1/100の規模でも肺があればより遠くまで行けるようになり生息範囲が広がる。次の世代で2/100の規模で肺をもつものが生まれればさらに遠くまで、そしてその中から3/100の規模の肺を持つものが現れれば…といった具合の進化のプロセスを示す説である。これも自然選択説の一部だ。競走馬には少しでも他の馬より速い力を持つ遺伝子を少しずつ少しずつ次の世代へ受け継がせてきた。この説明は競走馬のスピード、そして走破時計の高速化を説明するのに最適な理論と思う。こうやって人は競走馬を進化させてきたのだ。これは人間が作為的に操っているけども、より馬が速く走るための遺伝子を次代へ受け継がせるという形での選択的進化だろう。メンデルの法則にもあるように遺伝子は減数分裂をして受け継がれるため、同じ配合をしても同じような強さを得られるわけではない。上記の例に当てはめれば1/100肺を受け継ぐ個体もいれば受け継がない個体もいるということ。1/100肺を受け継いだ個体が2/100肺を発現し、また受け継ぐ個体受け継がない個体が出てきて、いずれかの段階である程度の規模の肺を標準装備するようになる。このような流れで種は進化してきた。競走馬で言えば、この減数分裂の際に有利な変異が受け継がれるか受け継がれないかが決まるし、受け継がれても発現するかどうかはわからないので「全弟」「全妹」が似たような成績を上げるに至らないということ。これが同じ配合でも成績が違うことについての説明賀できるのではないかと思う。また生まれてからは後天的に獲得する要素もあるため、さらにランダム性を強める過程となっている。

・キタサンブラックは「突然変異」なのか?
 前置きだけで4400字を超えている…。ここまで読んでくれた奇特な方々にお礼を申し上げると同時に、本題へ。キタサンブラックは「突然変異」なのか。なんともあやふやな話であるが、ズブの素人である私には判別できない。証拠もない。もしこれをここまでお読みいただいている方には「なんだよ損したぜ」と思われる方もいるかもしれないが許してください…。私個人としては、進化生物学的視点からは「突然変異ではない」と言えると思うけど、世間一般的な言葉の意味での「突然変異」であることは間違いないと思う。そしてその意味での「突然変異」とは「自然選択説」で示されたように、有利な形質を受け継いで発現させた「選択された変異」という意味だと思う。ブラックタイドはG2を1勝、産駒にG1馬を出したのはキタサンブラックの1頭のみ。あまりにも飛躍しすぎていて、通常の進化であるとか変異であるとかでは説明ができなさそう。実際にここまで進化のプロセスを書いてきたのはほとんどが「変異が重なって」とか「長い選択を経て」という地道な変化を重ねて大きな変化を生み出すという流れだった。「突然変異説」をだせばそれだけで説明が終わってしまうので、なんとか理由をつけて納得のできる説明にしたい。
 キタサンブラックの競走馬としての能力は疑いようもない。まさに時代を支配した馬で、他の馬は「この馬をどう負かすか?」という命題をもってレースに臨んでいたはず。それでもなかなか負かすことのできないスターホース。周囲の馬より優れたスピードを持っていた。とすればそれが遺伝されて発現した際には周囲より優れたスピードを発揮するはず。ここで問題なのは、強さを遺伝できないパターンもあること。これは結果論なものの、イクイノックスやソールオリエンス、ガイアフォースラヴェルスキルヴィングとG1、重賞勝ち馬が出ているのでこれには当たらないようだ。そしてブラックタイドやメジロアサマ・ティターンのように一頭しか出せない…一子相伝型の種牡馬でもなかったといってもいいかもしれない。勝率で見ても、平均勝率5.9%のブラックタイドに比べて平均勝率13.4%の種牡馬成績。似ているとよく言われるディープインパクトも平均勝率は12.6%で、キタサンブラックはたった3年の実績といえどもディープを上回っている。CPIのことを考えるとさらに上積みも期待できそう。何度も遺伝と変異について触れてきたが、親からそのスピードを受け継いだ場合は親が強かった距離や条件で強いはず。しかしキタサンブラックやモーリスのように親とは違う強みを発揮する場合がある。それについては変異が説明できると考えていて、親の強みを受け継いだまま、自身は別方向への強みを発揮することで一段階競走馬としての進化が進んだのではないかと考える。周囲より優れた強みを持つ遺伝子を引き継ぎながら、自身も周囲より優れた強みになる別の遺伝子を獲得しているのではないかと。その遺伝子をもって走れば強い、子供も走るという状況ができたと結論づけたい。もともと持っている強さは超一級品。そして幸運なことにその遺伝子は受け継ぐことができるものであったと見ていい。キタサンブラックのもつ遺伝子は受け継がれる。それも時代を支配した親の能力が。強者の能力が遺伝しても発現せず、眠ったままだった馬も過去にはたくさんいたはずだがすでにこの馬の強さは芽吹いている。それは過去の時代を彩った馬たちが欲してやまなかったものなのかもしれない。しかしキタサンブラックは持っているのだ、遺伝子の強さを。受け継がれる遺伝の力を。

・おわりに
もしかしたら「結果論だろ」と思われる方もいる、というか多いかもしれないが、実際に結果論。そんな変異をしている馬は遺伝子も強いだろうと考えて出資も前向きだった。けど私が自由に出資できたのは広尾のドグマ1頭だけなのでめちゃくちゃ悔しかったな。それでしっかり走ってくれたので、その結果にどうやって結びついたのかを進化生物学的に説明できるのではないかと考えたのがきっかけ。はじめは突然変異のキタサンブラック!という考えで書き始めたので、むしろそうではないと考えられて新しい知識が仕入れられたのは楽しかった。

 私はキタサンブラックの強さを「突然変異」とするが、その突然変異した強さは遺伝子的には通常の変異のために子供にも遺伝するという名馬名父という存在で、種牡馬の引退まで追い続けたい存在だと評価する。



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